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国立大学の独法化というと、公務員の定数削減や、文部行政における規制緩和の面から論じられることが多い。
あるいは、「大学の自治」「学問の自由」を侵すことにならないかという危惧も指摘される。 法人格を持たない国立大学は、法制上は、まさにM部省の行政組織の一端でしかない。

歴史的な経緯や慣行にしたがって、そこに「大学の自治」を与えてきたのである。 もちろん、この歴史の重みは軽視されるべきではないし、どのような法人格となるか、といった中身の議論も重要である。
にもかかわらず、法人格を持たないままの「大学の自治」が、そもそも大学のあり方としておかしくないのか、といった議論はついぞ聞かれない。 極端な話、たとえば、M部省の一機関にすぎない各国立大学は、組織として、M部省=政府を法的に訴えることができるのか。
法人格を持たない大学の自治とは、極論すれば、大学が国家との関係において、法的に対等な立場には、立てないことを前提とした、「伝統」の上に乗った自治にとどまるのである。 このように見ると、独法化が大学の自治を侵すのではないかという議論の「ねじれ」に気づく。
従来の伝統のうえで守るべき自治と、法人格を持ったうえでの自治との違いは、程度の差ではない。 そもそも大学の自治と自己責任をどのような制度によって担保するかという本質的な問題に発展する違いを含んでいる。
その点をあいまいにしたまま、法人化を「各論」レベルで議論しても、国立大学の行く末は見えてこない。 主に税金でまかなう法人に、どれだけの権限と自由を与えるべきかという議論の出発点が定まらないからである。
大学に法人格は必要ないのか。 どの大学がどのような法人格を得ることによって、国立大学はいかに変わりうるのか。
NPO法では法人格の有無が団体の活動にとって重要だという認識があった。 同様に、法人格の取得か、大学という組織をどのように変えうるのかという「そもそも論」に立ち返るべきではないか。
通則法に対し、大学への「特別措置等」がどれだけ「特別」であるべきかの議論も、そこから始まると考えるのである。 子どもの関わる事件が起きると、まずは「教育問題」との疑いがかけられ、受験競争や学校の姿勢が問題視される。
文京区音羽の幼児殺害事件をめぐる報道も、容疑者逮捕と同時に「お受験」が原因との見方が各紙の見出しを飾った。 こうした報道を誘った理由は、近隣での取材から得た「文教地区」「受験をめぐる親たちの摩擦」といった情報であった。

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